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東京高等裁判所 昭和54年(う)1572号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金一万五、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

被告人に対し、選挙権および被選挙権を有しない期間を短縮し、これを三年とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人植木敬夫ほか八名の弁護人が連名で提出した控訴趣意書並びに弁護人鶴見祐策、同荒井新二、同白石光征、同菅原哲朗、同堀敏明、同上田誠吉、同兵頭進、同酒井和、同谷村正太郎及び同橋本紀徳がそれぞれ提出した各控訴趣意書及び弁護人杉井静子、同赤沼康弘、同鈴木亜英、同葛西清重及び同二上護がそれぞれ提出した各控訴趣意補充書に記載されているとおりであり、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官検事今野健の提出した答弁書に記載されているとおりであるから、いずれもこれを引用する。

控訴趣意中訴訟手続の法令違反を主張する点について

一  所論は、原裁判所は、その四二回及び四三回公判において、以下のような経過により、弁護人の最終弁論及び被告人の最終陳述の機会を奪ったのであるが、かかる刑事訴訟における当事者主義と対審構造を根本から破壊する訴訟手続の法令違反は、原判決を破棄するに十分な理由となるものである。すなわち、四二回公判には被告人の最終陳述が予定されていたところ、たまたまその期日である昭和五四年六月一日には、午後二時から五時まで立川市中央公民館において立川市学校給食運営審議会が開かれることになっており、市議会の文教委員であり、また、野党を代表する審議委員でもあった被告人は、社会的な関心の高いこの審議会に欠席するわけにはいかなかったため、右期日前に事由を疎明する資料を添付して公判期日の変更申請をした。ところが、原裁判所は、右申請を却下したうえ、指定の期日において、弁護人が、被告人の出頭できなかった事情を説明し、その権利保護のために公判期日の延期を申請したにもかかわらず、これを容れることなく、被告人に出頭義務を免除する決定をして開廷し、被告人が最終陳述を行うべき公判期日に被告人欠席のまま手続を強行するのは防禦権を否定するものであるとの弁護人の意見をも無視して手続を進めた。そして、原裁判所は、弁護人の罪体に関する証拠調の請求をすべて却下する決定をし、これに対する弁護人の異議申立をも棄却したので、盛岡副主任弁護人が証拠調請求に関する発言の許可を求めたところ、発言禁止命令に従わないとして同弁護人に退廷を命じ、これに対して弁護人が異議を申し立てると、これを棄却し、なおそのさい、成瀬弁護人が証拠調請求について意見を述べようとすると、右同様同弁護人に退廷を命じ、かくして出頭した七名の弁護人中法廷に残った五名の弁護人に弁論を命ずるとともに、弁論は弁護人一名について五分間と制限した。そこで、主任弁護人をはじめ弁護人全員が、最終弁論を一人五分間で行うことは不可能であるとして、順次異議を申し立て、右措置の撤回を求めたが、再考する様子もなく、各異議をすべて棄却するとともに、再三にわたって右時間制限のもとにおける弁論を促し、弁護人がなすすべもなく着席していると、ついに、弁護人は弁論を行わないものと認める旨決めつけて、審理を終結し、判決宣告のための次回四三回公判期日を告知して閉廷した。次いで、右指定にかかる四三回公判期日にいたり、被告人及び弁護人が出頭して、最終弁論及び最終陳述を行うべく弁論再開の申請をしたところ、原裁判所は、その申請を却下するとともに、これに対する弁護人の異議申立を棄却し、直ちに判決の宣告に移ろうとしたので、更に被告人が最終陳述をしたい等の発言をすると、その発言を禁止して、これに対する異議申立を棄却し、なおも被告人が重ねて意見陳述等を求める発言をしたのに対し、その発言を禁止すると同時に、これらの訴訟指揮に関する弁護人の発言をも禁止し、さらに、判決宣告のために前に出るよう指示した被告人が最終陳述を要求して自席を立たないことを理由に、被告人に退廷を命じたうえ、有罪の判決を宣告した。右のように原裁判所のとった措置をみると、四二回公判期日における被告人の不出頭は正当な理由に基づくものであるうえに、出頭義務免除の申請もしていない場合に、その免除決定をもって出頭の権利を奪うことは、刑訴法二八五条の趣旨に反し許されないこと、被告人に最終陳述をする意思があったことは明白であるから、四二回公判期日における被告人の欠席をもってその放棄とみる余地はなく、また、四三回公判期日において被告人が退廷させられたのは、最終陳述を求めたことがその理由となっているのであるから、この場合に刑訴法三四一条を適用して被告人の最終陳述をきかないで判決をすることができるとするのは、背理というべきであること及び本件のように被告人側が公訴事実を全面的に争い、弁護人の弁論が、一二名の被訪問者の各証言及び供述についての意見、多くの訴訟手続上の問題点及び戸別訪問禁止条項に関する憲法上の論点についての見解等多岐にわたる場合に、これを五分間に終了せよというのは、刑訴規則二一二条の規定が存在するとはいえ、最終弁論そのものを禁止するにも等しい弁護人の権利の侵害にあたることを考えるならば、右原裁判所の一連の措置が弁護人の最終弁論及び被告人の最終陳述の機会と権利を違法に剥奪したものであることは明らかであるというのである。

そこで、原審の四二回及び四三回公判において、原裁判所が弁護人の最終弁論及び被告人の最終陳述の機会を不法に奪った事実の有無について、原審の訴訟記録に基づき手続の経過に従って以下検討する。

まず、原裁判所が弁護人の四二回公判期日の変更請求を却下した措置が法令に違反するか否かを検討するのに、本件が公職選挙法二五三条の二の規定により事件を受理した日から一〇〇日以内に判決をするよう努めなければならない案件であること、しかるにその審理が著しく遅延し、右公判期日変更請求のなされた時点では既に起訴後五年近い歳月が経過していたことなどに鑑みると、裁判所としては、例えば、市議会議員である被告人が出席しないことによって市政に重大な影響を生ずるような市議会の議事が指定の公判期日の当日に行なわれる等真にやむを得ない事由のあることが疎明されない限り、単に市議会議員として当日出席を予定している会合のあることが疎明されているというだけで、安易に公判期日の変更請求を許容すべきでないことはいうまでもない。

ところで、弁護人の四二回公判期日の変更請求は、被告人が右期日の当日開催される予定の立川市学校給食運営審議会に市議会選出の委員として出席する必要があることをその理由とするものであるが、その請求に当たって提出された疎明資料によると、右審議会は、給食の献立、給食費、食材料の購入、衛生管理、中学校の完全給食などの事項に関して教育委員会の諮問に応じて審議する機関であり、右公判期日の当日に行われる予定の右審議会の議題は、監査委員の選任、学校給食の現況、その他についてというのであって、被告人が当日の審議の重要議題であるとしているのも食器の改善、特に先割れスプーン、箸の使用の可否という程度のものに過ぎず、所論がいうように被告人が立川市議会の野党側を代表する唯一の委員であるとしても、被告人の右審議会への出席が、本来刑事被告人として指定の公判期日に出頭すべき義務を負う被告人について、公判期日の変更を必要とするやむを得ない事由に当たるとは到底考えられないから、原裁判所が刑訴規則一七九条の四の二項により四二回公判期日の変更請求を却下したのは当然のことであって、何ら不法の措置ということはできない。

次に、原裁判所が四二回公判期日に被告人の不出頭を許可し、被告人不在廷のまま審理を進めて弁論を終結した措置に、被告人の最終陳述の権利を不法に奪ったかどがあるか否かを検討するのに、被告人としては、右公判期日の変更請求が却下された以上、同期日に出頭すべき義務を負うことはいうまでもないが、被告人は右義務に反して、既に前回に検察官の論告を終り、残された手続としては弁護人の弁論と被告人の最終陳述のみの段階にあった同期日に敢えて出頭しなかったものであるから、被告人は自らその陳述の権利を放棄したものと看做すほかないとともに、裁判所としては、かかる場合に、本件のような刑訴法二八五条二項所定の事件の審理を進めようとすれば、被告人を勾引するか、あるいは右条項により被告人の不出頭を許可するほかないのであって、右のように被告人がその最終陳述の権利を放棄したものと看做される以上、同期日に被告人が出頭しないことはその権利保護のため重要でないといわなければならないから、原裁判所が被告人を勾引するという強硬な措置を選択せず、被告人が右公判期日に出頭しないことを許可し、審理を進めて弁論を終結した措置は、決して法令に違反するものではない。

次に、原裁判所が四二回公判において弁護人の最終弁論の機会を不法に奪った事実の有無について検討するのに、同公判において、原審裁判官が在廷していた五名の弁護人に対してそれぞれ最終弁論の時間を五分間と制限したことは所論の指摘するとおりであるが、従前の訴訟の経緯をみると、例えば、起訴状朗読後における弁護人の被告事件についての意見陳述が、本件程度の訴因の事案について四開廷にもわたって行われていること、弁護人が四二回公判において弁護人の弁論だけで少なくとも数開廷必要であると主張していることなどに鑑みると、弁護人の要求するままに手続を進めるならば、その弁論のためだけになお相当回数の開廷を必要とすることが明らかであるところ、本件は前記のように法律上特に迅速な処理が要請されているいわゆる百日裁判事件であるのに、弁護人の希望によって月一回程度の割合でしか公判が開かれておらず、四二回公判当時は起訴後既に満五年に近い歳月が経過していた事実に徴するならば、原審裁判官が刑訴規則二一二条により右時間を制限する必要があると判断したのもやむを得ないことと考えられる。そして、弁論に当たって五名の弁護人がそれぞれ分担を定め、既になされている罪状認否の際の詳細な意見陳述を援用するなどしてできるだけ簡潔に要旨を陳述し、口頭で意を尽し難い点は裁判所の許可を得て後日書面を差出してこれを補うなどの方法をとれば、前記時間の範囲内で最終弁論において主張すべき点を明らかにすることができないとは思われないから、その弁論の時間を一人の弁護人について五分間と制限したのは、弁護人の本質的権利を害する不当な措置ということはできない。しかるに、右五名の弁護人は、次々に右時間制限について異議を申立て、いずれもこれを却下されたのち、原審裁判官から再三にわたって最終弁論をするよう促されたのに、その訴訟指揮に応じなかったため、原裁判所は右五名の弁護人は最終弁論の権利を放棄したものと看做して本件の審理を終結したものであって、その措置は決して不法ではない。

ところで、原審四三回公判において、原審裁判官が、適式な異議申立の場合は別として、被告人の発言を許さず、被告人に対して判決宣告のため被告人席から前に出るよう命令し、その命令に応じない被告人を退廷させたことは所論の指摘するとおりである。しかしながら、所論がいうように被告人としては同期日において改めて最終陳述を行う意思であったとしても、被告人は四二回公判期日の変更請求が却下されているのに、自らの責任において同期日に出頭せず、さきに説示したとおり同期日における最終陳述権を自ら放棄したものであり、しかも同期日において既に本件の弁論は終結されているのであるから、判決宣告期日として指定されている四三回公判において、原審裁判官が被告人の前記発言を禁止したのは、違法の措置ということはできない。また、原審裁判官が被告人を退廷させたのも、判決を宣告するため被告人に対して前に出るよう数度にわたって命じたにもかかわらず、被告人がこれに従わず、遂にはその訴訟指揮に従わなければ退廷させる旨の警告を受けても、なお右命令に従わなかった際にとられた措置であって、被告人の右態度は不当な行状というほかないから、被告人を退廷させた原審裁判官の措置は決して違法なものとはいえない。

以上のとおりで、所論が主張するように原裁判所が弁護人の最終弁論及び被告人の最終陳述の機会を不法に奪った事実は存しないから、右事実の存在を前提として原判決の破棄を求める論旨は理由がない。

二  所論は、原裁判所が検察側の証拠だけを取り調べて弁護側の証拠を一切取り調べなかった措置は、弁護人の証拠調請求権を侵害する訴訟手続の法令違反であり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。すなわち、原裁判所は、その四一回公判において、検察官の申請にかかる証拠書類及び証拠物の取調を終了した直後、突如として弁護人に被告人質問を行うよう強要したが、弁護人がまだその段階ではないとして抗議をすると、弁護人には被告人質問を行う意思がないものと断定し、公訴権乱用に関する証拠として弁護人が一四回公判に申請し、その採否が留保されていた証人二六名、証拠物及び証拠書類八七点についてその請求をすべて却下したうえ、検察官に論告と求刑を命じ、次いで四二回公判において、被告人の無罪を立証する目的で弁護人が請求した証人五五名、証拠物及び証拠書類二〇点をすべて却下するにいたった。右の公訴権乱用に関して請求した証拠は、起訴も捜査もされていない保守系候補に買収の事実があり、また、他の政党の議員の場合は逮捕も起訴も報道されないよう秘密裡に行われていること、その一方で、本件被訪問者の検察官面前調書は、手段を選ばず、一戸でも多く犯罪が成立するように、そして費用弁償に関する条例違反の利益誘導までして、甚だしい予断のもとに作り上げられたものであること等を明らかにすることにより、本件が政治的弾圧を目的とする差別的な起訴であることを立証しようとするものであり、罪体に関して請求した証拠は、本件当時被告人は、党員の任務として市民の要求解決のために地域における訪問活動を行っていたもので、本件の各訪問行為もその活動の一環にほかならず、したがって投票依頼の目的も行為もなかった点を裏づけるためのものであって、いずれも本件が公訴権の乱用である点及び公訴事実の不存在である点の証明に極めて重要な証拠であり、これらの取調請求をすべて却下することは、合理的な自由裁量の範囲を逸脱した証拠調請求権の侵害といわなければならないというのである。

そこで、原裁判所が不法に弁護人の証拠調請求権を侵害した事実の有無について検討するのに、当事者の証拠調の請求に対しては、その請求に手続違反がある場合及びその証拠が証拠能力を欠きあるいは関連性のない証拠である場合を除いては、裁判所において、当該証拠が事件の裁判をするために必要かつ適切であるか否かを自由な裁量によって判断し、その採否を決すべきであって、その判断が実験則に反しない限り、証拠調の請求を却下したことについて違法の問題を生ずる余地はない。

ところで、原審四一回公判調書によると、同公判において、原裁判所は弁護側の公訴権乱用の主張に関する証拠調の請求をすべて却下しているが、その請求にかかる証拠の中、検察官の同意がなく証拠能力を有しないことが明白なものについて、その請求が却下されたのは当然のこととして、それ以外の証拠についてみても、その証拠内容や立証趣旨に照らし、さらには、公訴権乱用の主張に関して弁護側の請求に基づき原審一七回公判において取り調べられた証人石田良助、同星野浩次郎の証言内容も、その立証趣旨に適確に照応するものではなかったこと及び右却下の当時既に検察官の罪体に関する立証は終了し、公訴権乱用の主張に対する判断に必要な本件犯罪の成否やその違法性の程度について、原裁判所が一応の心証を形成していたと推認できることなどに徴すると、原裁判所は、前記証拠によって検察官が不当な政治的目的のために本件公訴を提起した旨の主張について有効な立証がなされる見込みはなく、その取調の必要はないと判断したものと推認できるのであって、右判断に基づきその証拠調請求を却下した措置が実験則に反するものとはいえない。

また、原審四二回公判調書によると、同公判において、原裁判所は弁護側の罪体に関するすべての証拠調請求を却下しているが、その証拠の中には証拠能力に問題のあるものもあるけれども、その点は暫くおくとして、弁護人提出の昭和五四年六月一日付証拠申出書を仔細に検討してみると、右各証拠は、主として被告人が日本共産党の立川地区委員会市民部長に就任したこと及びその任務内容並びに被告人が以前から戸別訪問などの社会的政治的活動を行ってきたこと及びその成果について立証しようとするものであるところ、これらの事項は本件犯罪の成否と直接的な関連を持つものではなく、また右証拠申出書添付の冒頭陳述書第一〇項の(九)記載の事実、すなわち本件公訴の対象となっている一三戸の戸別訪問が投票依頼の目的ではなかったとの点については、右各証拠はいずれも間接的な証拠方法に過ぎないから、原裁判所は右各証拠を本件の裁判に必要かつ適切でないとしてその請求を却下したものと推認されるのであって、その措置も実験則に反するものとはいえない。

以上のとおりで、原裁判所が、その四一回及び四二回の公判において、弁護側の証拠調の請求をすべて却下した措置に法令に違反する点は存しないから、論旨は理由がない。

三  所論は、原裁判所が、その三八回から四〇回までの公判期日において、弁護人の証拠調に関する異議申立権を徹底的に否定して証拠調を強行した措置は、刑訴法三〇九条、刑訴規則二〇五条の二、二〇五条の三に違反すると同時に、憲法三一条にも違反し、また、その間に、公判手続の更新として取り調べられた証拠物三点(立川民報三〇号、日本共産党立川市政政策、名刺)、証拠調の行われた検察官申請の証人四名(井上利弘、斉藤武雄、新井敬、高野叶男)及び参考人一二名(坪倉正守ほか一一名)の検察官に対する各供述調書は、いずれも違法で無効な証拠であって、右のような違法な措置をとり、違法で無効な証拠を採証した訴訟手続の法令違反は、判決に影響を及ぼすことが明らかというべきである。すなわち、その三八回公判において、従前の違法な訴訟手続をそのままにしてなお更新手続としての証拠物の取調が強行されようとしたのに対し、川名弁護人が異議を申し立てると、原裁判所は、これを理由に同弁護人に退廷を命じ、続いて植木主任弁護人も同旨の異議を申し立てたが、これを無視して検察官に意見の陳述をさせ、ついで、植木主任弁護人が、三六回公判における更新前の供述録取書についての証拠調が終了していない点を取り上げて異議を申し立てたさい、その途中で異議の理由は簡潔に述べるようにと干渉するので、簡潔ということの真意について釈明を求めると、同弁護人に対し、退廷を命じてその申立を封じた。また、三九回公判では、前回公判における退廷命令に対して被告人及び各弁護人から異議の申立を行うことについて裁判所の了解がえられていたにもかかわらず、盛岡副主任弁護人と被告人の異議申立が終わった段階で、検察官申請にかかる証人の取調が行われようとしたので、植木、平野、成瀬、林の各弁護人がその措置に対して直ちに異議を申し立てようとしたところ、原裁判所は、各弁護人の発言を封じて異議の申立自体を禁圧し、さらに、これに従わないとして右四名の弁護人に退廷を命じた。ついで四〇回公判にいたり、植木主任弁護人が、更新手続における証拠調、三六回、三八回及び三九回各公判における証拠調等について七点にわたる異議の申立を行うことにし、そのうちの三点までに関する陳述を終えたさい、原裁判所は、突然その陳述をさえぎって、検察官の意見を求めたうえ、右の異議申立を一括して棄却する旨の決定を宣し、直ちに証人取調の手続に入ろうとしたので、同弁護人が右異議申立において予定していた第四点から第七点までの異議の趣旨を口頭で述べたのち、その理由を記載した書面を提出しようとしたところ、原裁判所は、その受理を拒絶し、やむなく同弁護人が口頭でその理由を述べようとすると、その発言を制止したうえ、右異議の申立を一括して棄却する決定をし、続いて、証人の取調が行われる間、訴訟指揮の不当について意見を述べ、証拠調に異議を申し立てた被告人、弁護人らが次次に退廷を命ぜられて、法廷は永仮弁護人一名を残すのみとなり、各証人については被告人及び弁護人の反対尋問は行わないものとみなされて、その取調が終了するにいたった。右の経過に示されているとおり、口頭による異議申立の理由に関する陳述を認めず、あるいは、理由をきかずに異議を棄却又は却下し、その一方では異議申立書の受理を拒み、ついには被告人及び弁護人に退廷を命ずる等の方法によって、異議申立権を否定したまま証拠調を強行した原裁判所の措置は、刑訴法三四一条によって正当化される余地はなく、明らかに訴訟指揮権の乱用であって、前記憲法及び刑訴法令の各条項に違反するものであり、ひいては、かような違法な措置のもとで取調の行われた前掲各証拠が違法で無効のものとなり、原判決のようにこれらを採証して判断の基礎となしえないことはいうまでもないというのである。

そこで、原審の三八回から四〇回までの公判において、原裁判所が弁護人の証拠調に関する異議申立権を否定した事実の有無について、原審の訴訟記録に基づき手続の経過に従って検討する。

まず、所論は、原審三八回公判において、川名弁護人が裁判官に退廷させられたのは、同弁護人が証拠調に関して異議を申立てたことを理由とするものである旨主張しているが、原審三八回公判調書によると、同弁護人が退廷させられたのは、裁判官が主任弁護人に対して公判手続更新の一環として刑訴規則二一三条の二の五号による意見弁解の機会を与えた際、川名弁護人が「意見弁解をやるやらないの問題ではない。」などと発言し、裁判官の再三の発言禁止命令を無視して発言を続けたためであることが明らかであって、仮に川名弁護人の右発言が異議申立の意図でなされたものであるとしても、右発言は、それが異議の申立であることを明確にしていない点において異議の申立としての外観を有しておらず、単なる不規則発言というほかないものであるから、原審裁判官がその発言を禁止したのはやむを得ない措置であり、続いて同弁護人を退廷させたのも、裁判官の再三の発言禁止命令を無視して発言を続けた同弁護人の不当な行状によるものであって、これもまた法廷の秩序を維持するためやむを得ない措置であったといわなければならない。

ところで、所論は、川名弁護人が退廷させられるに至った経緯について、前記公判調書の記載の正確性を争っているけれども、原審の訴訟記録によると、弁護人は、原審三六回公判の場合を除いて、原審三四回公判以後毎回の公判調書についてその正確性を争う異議の申立をしている経過が認められ、右の経過からすれば、裁判所書記官としては、本件公判調書の作成に当たってその正確性の保持に特段の配慮をしていたと推認できるばかりでなく、原裁判所は公判の経過を録音し、これを公判調書作成の際の参考資料としていたことも窺えるのであって、以上によれば、原審三八回公判調書は同公判の経過を正確に記載したものと認められる。

また、所論は、原審三八回公判において、刑訴規則二一三条の二の五号による検察官の意見陳述の直前になされた主任弁護人の証拠調に関する異議申立を原裁判所が無視したかの如く主張しているが、原審三八回公判調書の記載によると、右の機会になされた異議の申立は所論のような証拠調に関する異議の申立ではなく、また、原裁判所はその異議申立を無視することなく適法にこれに対して判断を示していることが明らかである。

さらに、所論は、原審三八回公判において、原審裁判官は、主任弁護人の証拠調に関する異議申立の際、その途中で異議の理由を簡潔に述べるよう干渉し、主任弁護人が簡潔ということの真意について釈明を求めると、退廷を命じてその異議申立を封じた旨主張しているが、原審三八回公判調書によると、同公判において主人弁護人は、原審三六回公判調書上証拠調を終えたことになっている書証の取調が終了していない旨異議を申立て、原裁判所が検察官の意見を聴いたうえその異議申立を棄却したのに対し、まだ理由を述べていないではないかと主張し、さらに自席を離れて裁判官席の前で発言を続け、原審裁判官がその発言を禁じ、自席に着席するよう命じたのに対しても、なおこれを無視して発言を続けたため、原審裁判官は遂に同弁護人を退廷させるに至った経過が認められる。そして、異議の申立が簡潔になされるべきものであることは刑訴規則二〇五条の二が明らかに規定しているところであり、また、異議の対象となった証拠調が終了していない旨の陳述があった以上、前記異議の理由は示されていることになるから、原裁判所がさらに異議の理由について陳述する機会を与えず、検察官の意見を聴いたうえその申立を棄却した措置は違法なものとはいえず、原審裁判官が前記のような経過で主任弁護人を退廷させたのも、法廷の秩序を維持するためやむを得ない措置であったといわなければならない。

次に、所論は、原審三九回公判において、検察官申請にかかる証人の取調が行われようとした際、植木、平野、成瀬、林の各弁護人がその措置に対して直ちに異議を申立てようとしたところ、原審裁判官が各弁護人の発言を封じ、異議の申立自体を禁圧したと主張しているが、原審三九回公判調書によると、同公判において、証人井上利弘に対する尋問が行われている際に、右各弁護人がこもごも「証拠調は違法である。」などと発言し、裁判官の再三の発言禁止命令にも従わなかったので、右弁護人らが退廷させられるに至ったことが認められる。右のように既に証人尋問の手続に入り、その尋問続行中に四名もの弁護人がこもごも前記のように発言することは証人尋問に対する妨害以外の何物でもないから、原審裁判官がその発言を禁止し、これに従わない弁護人を退廷させたのは法廷の秩序を維持するため当然の措置であったというべきである。

また、所論は、原審四〇回公判において、主任弁護人が三五回公判から三九回公判までの間に実施された証拠調などについて七点にわたる異議の申立をしようとした際、原裁判所はその異議申立権を否定した旨主張しているところ、原審四〇回公判において、主任弁護人が右証拠調に関し七点にわたって異議を申立てる旨主張し、その第一点から第三点までの理由を述べたところで、原裁判所が検察官の意見を聴いたうえ右異議申立を棄却する旨の決定をしたことは所論の指摘するとおりである。そして、原裁判所が何故第四点から第七点までの異議の理由を聴かないで右異議の申立を棄却したのかは訴訟記録上明確ではないが、原審四〇回公判調書によると、その後主任弁護人はさきに陳述できなかった第四点から第七点までの異議の理由の骨子を口頭で説明し、原裁判所はこれについて改めて検察官の意見を聴いたうえ判断を示しているのであるから、原裁判所の前記措置をもって弁護人の異議申立権を不法に否定したとするのは当たらない。

さらに、所論は、原審裁判官は、主任弁護人が右第四点から第七点までの異議の趣旨を口頭で説明した後、その理由を記載した書面を提出しようとしたところ、その受理を拒絶し、やむなく口頭でその理由を述べようとすると、その発言をも制止したとして、原審裁判官の右措置が弁護人の異議申立権を否定するものであるかの如く主張しているところ、原審四〇回公判調書によると、原審裁判官が所論主張の書面の提出及び口頭による異議理由の補足を許さなかったのは、その段階においては、所論主張の主任弁護人による口頭説明によって当該異議が如何なる内容のものであるかは既に明確になっていたので、さらにその理由を補足する必要はないとの判断に基づくものであることが明らかであって、本来異議の申立は簡潔になされるべきもので、その申立に対しては遅滞なく決定がなされるべきものであることを考え合わせると、原審裁判官の右措置は訴訟指揮権の行使として不法なものということはできない。

なお、原審四〇回公判において、被告人及び弁護人が次々に退廷させられているが、右はいずれも不当な行状によるものであって、異議申立権を否定する方法としてなされたものでないことは、右期日の公判調書の記載に徴して明らかである。

以上のとおりで、所論が主張するように原裁判所がその三八回から四〇回までの公判において弁護人の証拠調に関する異議申立権を不法に否定した事実はないから、右事実の存在を前提として原判決の破棄を求める論旨は理由がない。

四  所論は、原裁判所の三四回から三八回までの公判における更新手続は、被告人及び弁護人の意見陳述権を奪い、又は違法な被告人に対する出頭義務免除決定のもとに行われたもので、その手続自体が違法であり無効であると同時に、かかる違法で無効な手続によって取り調べられた本件被訪問者一二名の原審公判廷における供述録取書(各公判調書中の各供述録取部分)はいずれも違法で無効なものとなり、ひいては、これらの供述録取書との対比により刑訴法上の要件を充たすものとして取り調べられた右一二名の検察官に対する各供述調書も要件充足の前提を失って証拠能力を欠くものとなる結果、原判決が有罪の事実認定に供しうる証拠は皆無となり、これらの証拠に基づいて被告人に有罪の言い渡しをした原判決は、右更新手続における訴訟手続の法令違反により、いずれの点からしても破棄を免れないことは明白である。すなわち、原裁判所の三四回公判は、裁判官の交替後最初の公判であったが、その事前打合せにおいて、従前どおり大きな法廷を使用することその他更新手続の運用等につき、裁判所、検察側及び弁護側三者の間で了解がついていたにもかかわらず、原裁判所は、その期日到来前に弁護人を呼び出し、出頭した成瀬弁護人に対し、従前なんらの支障もなく、本件についてすでに慣行となっていた大きな法廷(傍聴席六四名分)の使用を小さな法廷(傍聴席一六名分)の使用に変えるほか、開廷曜日及び開廷日数を変更し、また、従前行ってきた弁護人に対するテープレコーダーの使用許可を取り消す旨を合理的理由を示すことなく通告するにいたったので、以後使用法廷に関する弁護人と原裁判所との訟廷外の折衝が続けられたが、結局原裁判所は、頑として大きな法廷の使用を認めようとせず、事後の折衝を拒絶した状態で三四回公判を迎えたところ、その冒頭で弁護人が使用法廷の問題について意見を述べようとすると、原裁判所は、その意見陳述を禁止しようとする態度をとり、これについて弁護人と論争となる間、その間隙を縫って検察官に更新手続としての起訴状の朗読を命じ、その朗読を終った段階で、再度弁護人から使用法廷変更問題について発言しようとすると、またこれを禁圧しようとしたことから論争となったが、その間に、原裁判所が被告人及び弁護人に各一五分間を限って被告事件についての陳述をするよう命じたのを機会に、主任弁護人が使用法廷の変更についてその理不尽で違法な所以を述べると、原裁判所は、使用法廷の問題は「裁判官会議で決定した司法行政上の措置に基づくもので、裁判官としてはどうしようもない問題である。」と弁明したので、同弁護人が、かねて東京地方裁判所八王子支部長から、法廷使用に関する裁判官会議の決定は原則を定めたもので、特別に必要のある場合は単独事件で大きな法廷を使用することも差支えなく、その必要性は担当裁判官の判断で足りる旨説明を受けていたのと矛盾する点について釈明を求めたところ、原裁判所はその釈明を拒否して三度論争状態となり、やむなく弁護人が意見陳述の段階に進むことにして、意見陳述を一五分間に制限する措置の変更を求めるべく、右措置をとった理由と根拠について釈明を求めると、「訴訟指揮権に基づき相当と判断した。」と答えるだけで、それ以上の釈明に応じようとせず、しかもこの点に関する釈明要求を一切禁圧する態度をとり続けた。三四回公判は、右のように裁判所と弁護人との間でさかんな応酬があったのであるが、その公判調書をみると、使用法廷変更に関する弁護人の重要な意見が割愛されているなどその記載は極めて不正確なものであったので、次の三五回公判にいたり、冒頭で右公判調書の正確性に関する異議の申立をすると同時に、調書の正確性を担保する意味でも、裁判所のとった法廷の録音テープを必要な期間消去せずに保存する措置をとるようにとの希望意見を述べると、原裁判所は、一旦休廷したのち、「調書の正確性の判断は、記憶とメモによって行うから、録音テープを保存する必要はない。」との見解を示し、さらに、被告人が、録音テープの保存はごく常識的なことであるから、受け入れてほしいと訴えたにもかかわらず、なお前同様の答弁をしてその態度を変えないので、被告人が、再度発言を求め、かように裁判所がかたくなな態度を固持する以上、この裁判官の裁判を受けてよいものかどうか考えてみたいから、今日は帰らせてもらうと述べて、退廷すべく法廷の入口近くまでいったとき、原裁判所から在廷命令が出されたが、被告人はそのまま退廷し、かくして暫時法廷内に沈黙が続いたのち、原裁判所が証拠調に入る旨告げたので、すぐさま主任弁護人から、被告人不在の法廷で証拠調を行うことの不当を述べて、直ちに閉廷するよう求めたうえ、弁護人らは法廷から一旦退出し、念のため法廷外の廊下から法廷内の様子をうかがうと、公判調書の朗読が行われていたので、弁護人らは驚いて入廷し、傍聴席から、違法な手続はすぐにやめるように言うと、原裁判所は、朗読手続を中止し、次いで、弁護人席に着席した弁護人らから、被告人退廷後の手続が違法である所以の説明があり、暗にこれに同調する趣旨の検察官の意見が述べられると、閉廷を宣し、同公判期日は終わった。右に続く三六回公判期日に予定されていた昭和五三年一二月五日には、それまで原裁判所による異常な措置が進行していたさいでもあったので、被告人は、出頭して裁判所に釈明を求め、意見を述べる予定でいたところ、たまたま当日午後一時過ぎから立川市民会館で、立川市・立川商工会議所・立川商店振興組合連合会主催の「立川駅舎改良に伴う駅ビル等に関する調査報告会」が市議会議員及び関係者を対象として開かれることになり、急な事態ではあったが、当時立川駅舎の改造と駅ビル計画の問題は、基地跡地の平和的利用計画と密接に関連した総合的見地から立川市発展のための街づくりをめざす市民の重大関心事となっており、右の会合が市議会審議の前提資料を得る唯一の場であるという意味においても、市議会議員であり、従来一貫して住民の立場に立った街づくりのための政治活動を進めてきた被告人にとって、欠席することのできない公務であったので、右のようなやむをえない事由があることを述べ、疎明資料を添えて公判期日の変更申請をしたところ、原裁判所は、この申請を却下したうえ、被告人に対する出頭義務免除の決定をして公判手続を強行し、被告人及び弁護人の在廷しない状態のもとで、証人星野重乃の供述録取書の一部及び証拠物を除くその余の更新前の証拠のすべてにつき取調を終了したことにしたのであるが、その取調の対象となった書面の分量と取調に充てた時間との関係から推算すると、休廷後傍聴人がいなくなってからは、書証の取調を部分的に省略して進行させたことが推測され、その取調を終了したとしている点については深い疑惑がもたれる。次いで、三七回公判は、三四回及び三五回各公判の公判調書の正確性に関する異議及びこれに関連して録音テープとメモの相当期間保存に関する要望意見が述べられ、また、三六回公判における証拠調手続についての釈明があって終了したが、次の三八回公判にいたり、当日は四〇名近い傍聴人があったので盛岡副主任弁護人から大きい法廷を使用してほしい旨希望すると、原裁判所は、従前の考えを変えないと答え、重ねて右の要望をくりかえした同弁護人を退廷させ、この措置を見かねた被告人が抗議の発言をすると、被告人をも退廷させ、さらに、林弁護人が右の訴訟指揮に異議を申し立てたのに対して、主任弁護人以外の発言は認めないとし、主任弁護人の了解をえている旨発言した林弁護人を退廷させるとともに、同趣旨の発言をした成瀬弁護人をも退廷させ、続いて、主任弁護人が相次ぐ弁護人に対する退廷処分に異議を申し立てると、これを棄却して、直ちに証拠物の取調を行う旨告げたので、川名弁護人が異議を申し立てると、即座に同弁護人を退廷させ、この段階で証拠調に関する意見を求められたのに対し、主任弁護人が、更新手続における証拠調は違法であり、終了していないとの意見を述べ、これに合わせて、永仮弁護人が更新手続をやりなおすべき旨の意見を述べると、永仮弁護人をも退廷させ、ここにいたって、主任弁護人が前記三のように異議の一部を述べはじめたさい、異議の理由は簡潔に述べよと干渉するので、これに抗議して裁判所の自制を促すと、ついに主任弁護人をも退廷させるにいたり、かくして、法廷は宮宅特別弁護人を残すのみの状態となって、検察官申請の証人四名の採用決定が行われた。右の経過をみてもわかるように、原裁判所の三四回、三五回及び三八回各公判において、被告人及び弁護人が被告事件についての陳述の機会を与えられていないことは明白であって、右各公判の公判調書中に、「被告事件に対する陳述の命令」(三四回)をし、その「機会を与え」(三五回)又は「陳述、弁解命令」(三八回)をした旨の記載はみられても、これらの記載に対応すると思われる原裁判所の措置は、裁判所みずからの事後の行為によってその「陳述命令」を撤回したとみなされるもの、論争中における裁判所の単なる発言であって、「陳述命令」としての効果をもちえないもの、被告人又は弁護人に対して別の趣旨の発言を許可したにすぎないもの又はその事実がないのに公判調書に誤って記載されたもののいずれかであって、実際に被告事件についての陳述の機会が与えられたことはなく、また、原裁判所が、三四回公判の当初において、被告事件に関する意見陳述は被告人及び主任弁護人につき各一五分間に限るとした制限措置は、そもそも意見陳述に対し事前に時間の制限を科する点において不当なものであるとともに、本件の場合、公訴権の乱用から説き起こし、被告人が党の専従役員として平素から市民の訪問による政治活動を行ってきた具体的事実に及ぶ意見の陳述が不可欠のものであり、これを一五分間に圧縮して陳述することがとうてい不可能である点を考えるならば、右は許すべからざる違法の措置であって、実際上は意見陳述自体を禁圧したものにほかならないといわなければならない。また、三六回公判において、被告人不出頭の状態で更新手続としての証拠調を強行した原裁判所の措置は、更迭した裁判官の心証のひずみを是正するという更新手続の本来の意義と、被告人が公訴事実を争っている場合の更新手続においては、その権利保護のために被告人の出頭義務を免除することさえ相当でないと解される点に照らして、違法な出頭義務の免除決定によって被告人の公判出頭の権利を奪ったものであって、その証拠調自体が違法で無効なものであると同時に、更新手続全体を違法で無効なものとするに十分であり、そして、その違法と無効が、前記のようにその後取り調べられた書証の効力にも影響し、原判決の破棄理由を導くにいたることは明白というべきであるというのである。

そこで、原審の三四回から三八回までの公判における公判手続の更新が、所論の主張するように違法無効なものであるか否かについて、原審の訴訟記録に基づき手続の経過に従って以下検討する。

ところで、所論は、右主張に関連させて、原裁判所の基本姿勢に問題があるとし、本件については従前傍聴席六四名分の大きな法廷(以下これを単に大きな法廷という。)が使用されていたのに、担当裁判官が交替した三四回公判以後その使用法廷を傍聴人席一六名分の小さな法廷(以下これを単に小さな法廷という。)に変更したのは、裁判公開の原則を侵害する明白に違法な措置であると主張している。そこで、まず右使用法廷変更の問題について検討してみるのに、裁判官会議によって予め定められている本件の使用法廷が小さな法廷であることは所論もこれを争わないところであるが、裁判官会議によって予め定められている使用法廷が小さな法廷である場合に、その事件の担当裁判官が大きな法廷の使用を割当てられている事件の担当裁判官と協議するなどして、当該事件の審判に大きな法廷を使用することは許されないことではないけれども、当該裁判官がそのような措置をとらず、裁判官会議の定めるところに従って小さな法廷を使用したからといって、その措置が違法なものということはできず、ましてそれが所論のように裁判公開の原則に反するなどというべき筋合のものではない。

なお、所論は、右に関連して、原審裁判官が、三四回公判において、弁護人の使用法廷の問題に関する意見陳述を制限した措置にも違法なかどがあるかの如く主張しているが、そもそも使用法廷の問題は、法廷における訴訟上の論議の対象とすべきものではなく、この点について訴訟関係人の意見を聴くとしても、その意見聴取はむしろ訟廷外の打合せにおいて行うべき事柄であるところ、本件においては、三四回公判に先だって大きな法廷は使用しない旨の裁判官の通告があったのち、弁護人から度々要請がなされたが、裁判官は態度を変えず、事後の折衝を打ち切った状態で三四回公判を迎えたというのであるから、その問題をさらに法廷で議論してみても新たな解決の得られる見込みはなく、したがって、弁護人の同公判における使用法廷に関する意見陳述は、徒らに訴訟を遅延させる結果を招く以外の何物でもないのであって、その陳述を制限しても弁護人の本質的権利を害するとは考えられないから、原審裁判官がこれを不相当な陳述として制限したのは、刑訴法二九五条に基づく措置として決して不法なものとはいえない。

次に、所論に基づいて、原審裁判官が、その三四回公判において、公判手続更新の際の被告事件についての意見陳述の時間を被告人及び主任弁護人につきそれぞれ一五分と制限したことが、法令に違反するものであるか否かを検討してみるのに、被告人及び弁護人の被告事件についての意見陳述に対して、その本質的権利を害しない限り、裁判長が訴訟指揮権に基づいて適宜時間的制限を加え得ることはいうまでもないが、起訴状朗読後の被告事件についての意見陳述は本来簡潔になされるべきものであるのに、被告人及び弁護人が三回公判から九回公判まで七開廷にわたってその意見を陳述し、九回公判後担当裁判官の交替した際も、一〇回公判から一三回公判まで四開廷にわたってその意見陳述を続けている経緯などに鑑みると、三二回公判以後本件を担当することとなった原審裁判官は、訴訟記録によって従前の意見陳述の内容を了知していたわけであるから、公判手続更新の際の被告事件についての意見陳述の時間を制限したことも、本件が特に迅速な処理を要請されるいわゆる百日裁判の事案であることに徴して、訴訟指揮として相当でなかったとはいえない。そして、その時間を前記のように定めたのも、本来右陳述が簡潔になされるべきものであることや、これまでになされた意見陳述の内容を援用してその陳述をする方法のあることを考慮すると、不当に短いものとはいえず、その措置が被告人及び弁護人の本質的権利を害するものであるとは考えられないから、原審裁判官が、三四回公判において、被告人及び主任弁護人に対し被告事件についての意見陳述の時間をそれぞれ一五分と制限したことをもって、違法な措置であるとする所論は当たらない。

ところで、所論は、被告人及び弁護人は被告事件についての意見陳述の機会を与えられていないとし、三四回公判における原審裁判官の意見陳述命令も、同公判におけるその後の裁判官の行動によって明示的に撤回されていると主張しているので、右陳述命令が撤回されたかどうかの点を検討してみるのに、原審三四回公判調書によると、同公判において、原審裁判官が被告人及び主任弁護人に対し時間を制限して意見陳述を命じたのに対し、主任弁護人が不服を唱え、さらに使用法廷の問題について原審裁判官と被告人及び弁護人との間に応酬のあったのち、主任弁護人が原審裁判官に対し意見陳述の時間を制限した根拠について釈明を求めたという経過が認められるところ、その経過の大筋については、右公判調書とその正確性に対する異議申立書との間に齟齬はなく、主任弁護人が右釈明を求めたという一事に徴しても、その時点までの間に前記陳述命令が撤回されていないことは疑いを容れる余地がない。そして、その後の経過は、前記公判調書によると、右の釈明要求に対して原審裁判官は釈明の必要はないと答え、訴訟指揮に従って直ちに意見陳述に入るよう命じたが、主任弁護人が期日の続行を求め、同公判は次回に続行されることとなったというのであって、右によると前記意見陳述命令が同公判において撤回されていないことは明らかであるが、仮に前記異議申立調書に記載されているように、原審裁判官が釈明要求に対し訴訟指揮権に基づく相当な措置であると釈明し、その後主任弁護人が「本日は閉廷時間もせまっており、実際問題として意見陳述の時間的余裕もないし、また特に弁論の時間制限の問題については、裁判官に再考を促したい点もあるから、その機会をうることの意味においても、次回に続行されたい。」と述べて、裁判所が公判期日を続行したという経過であったとしても、右期日の続行に当たって前記陳述命令について再考したい旨の原審裁判官の表明があったというのであればともかく、原裁判所が単に右申立に基づいて期日を続行したからといって、これによって前記陳述命令が撤回されたものと考えることはできない。

次に、所論に基づいて原審三五回公判の経緯について検討するのに、被告人は、同公判期日において裁判所が法廷でとった録音テープを一定期間保存して欲しい旨の被告人及び弁護人の希望を原裁判所が容れなかった直後に、原審裁判官の訴訟指揮を不服とし、その在廷命令を無視して退廷したものであること、その後原審裁判官が審理を進めようとしたところ、弁護人らは、被告人不在の法廷では審理を進めることができないと主張し、裁判所の許可を受けないで一旦法廷から退出したが、裁判所が被告人及び弁護人不在の法廷で更新手続の一環としての証拠調を実施していたので再び入廷し、原審裁判官に対し審理を進めることは違法である旨主張してこれをやめるよう要求したこと及びその際検察官が期日の続行を求めたこともあって、同公判の審理は次回に続行されたことが明らかである。

したがって、被告人は許可を受けないで退廷したものであるから、刑訴法三四一条により被告人不在廷のまま当該公判期日における訴訟手続を進行させることができるのはいうまでもないところであるが、前記経過によれば、弁護人らも被告人に同調して法廷から退出したものと認められるから、弁護人についても刑訴法三四一条が類推適用されると解すべきであって、原裁判所が、弁護人の在廷が開廷の要件にはなっていないいわゆる任意弁護事件の本件について、被告人及び弁護人の在廷していない法廷で、公判手続更新の一環として、原審一五回公判調書中証人星野重乃の供述部分の一枚目表一行目から裏六行目までの部分について証拠調を実施したことは、法令に違反しない。

なお、原審三四回公判において、裁判官が被告人及び弁護人に対し被告事件についての意見陳述を命じたのに、被告人及び弁護人らはその意見陳述を行わず、結局右期日は次回に続行されたものであるが、原審三五回公判調書の記載によると、同期日において裁判官が改めて被告人及び弁護人に対し被告事件についての意見陳述を促した事実が認められる。この点について所論は右調書の記載の正確性を争っているけれども、仮に三五回公判において裁判官が改めて被告人及び弁護人に対し被告事件についての意見陳述を促した事実が存在しなかったとしても、前記三四回公判における経緯に鑑みると、三五回公判においてもその意見陳述の機会が前回に引き続いて与えられていたことは明白であって、被告人及び弁護人においてその意思があれば直ちに被告事件についての意見陳述ができたのに、被告人及び弁護人はそれをしようとせず、前記のようにそれぞれ勝手に法廷から退去したものであるから、被告人及び弁護人は自ら被告事件についての意見陳述の権利を放棄したものといわなければならない。

次に、原裁判所が三六回公判期日の変更請求を却下した措置に法令に違反するかどがあるか否かを検討するのに、右公判期日の変更請求は、立川駅舎改良に伴う駅ビル等に関する調査報告会に被告人が立川市議会議員として出席する必要のあることをその理由とするものであるが、被告人が右調査報告会に出席しなければ、立川市政に重大な影響が生ずる事実は疎明されていないのみならず、右会合に出席しなくても、立川駅舎の改造と駅ビル計画の問題が将来市議会において審議されるまでの間に、右会合において如何なる報告がなされたかを知り得る手段がないとは考えられないから、右会合に出席することは公判期日の変更を必要とするやむを得ない事由とは認められず、原裁判所が刑訴規則一七九条の四の二項によりその請求を却下した措置に何ら違法な点は存しない。

また、所論は、原裁判所がその三六回公判期日において被告人の不出頭を許可し、被告人及び弁護人が在廷しないまま審理を進めた措置が法令に違反する旨主張しているので、検討するのに、被告人は、前記三六回公判期日の変更請求が却下されたにもかかわらず、その出頭義務に反して敢えて右期日に出頭しなかったものであるところ、右期日において前回に引き続き公判手続更新の一環として取り調べられた証拠は、いずれも更新前の審理において被告人が既にその内容を了知しているものである点に鑑みると、原裁判所が被告人の出頭はその権利保護のため重要でないと判断し、刑訴法二八五条二項によってその不出頭を許可し、被告人が在廷しないまま審理を進めたことは何ら法令に違反しない。

これに対して、所論は、公判手続更新の公判期日に被告人に不出頭許可を与えることが法律上許されないことであるかの如く主張しているが、本件においては、公判手続更新の方法を定めた刑訴規則二一三条の二の各号の手続のうち刑訴法二九一条の冒頭手続に類似する右規則二一三条の二の一号及び二号の手続は、既に三四回及び三五回公判において終了していて、三五回公判には同条三号による証拠調に入り、三六回公判においては前回に続いてその証拠調が予定されていたのであって、現に三六回公判においては関係書証の取調が行われたのみで、証拠物の取調はさらに次回に持ち越されていることに徴しても、前記不出頭許可が法律上許されないものであるとする余地は存しない。

そして、前記公判期日変更請求が却下されたにもかかわらず、多数の弁護人のうち一名の弁護人も右期日に出頭せず、しかも、弁護人らの右不出頭は、従前の審理経過に徴して、被告人の不出頭と同一意思に基づくものと推認できるうえに、本件はいわゆる任意弁護事件であるから、右期日に弁護人の在廷しない法廷で審理を進めたことは、たまたま被告人に対して不出頭許可を与えたことと競合して、被告人及び弁護人のいずれも在廷しない状態の下で審理が行われる結果となったとしても、さきに原審三五回公判の場合について説示したのと同一の法理により、違法なものであったとすることはできない。

なお、所論は、右期日において裁判官が一部の証拠調を省略した旨主張しているが、その証拠調に当たって要旨を告知する方法によることも可能であったわけであるから、必ずしも取調の対象となった書面の分量と取調に充てた時間の関係から所論のように断定することはできず、右主張は十分な根拠を伴わない独自の推測を述べたものというほかない。

次に、原審三八回公判における手続について検討するのに、右公判の冒頭において、盛岡副主任弁護人は、本件の審理に大きな法廷を使用するよう重ねて要請し、原審裁判官が使用法廷の問題について爾後の発言を禁止したにもかかわらず、その制止を無視してなお発言を続けたため、原審裁判官によって退廷させられたものであり、その後被告人及びその他の弁護人が次々に退廷を命ぜられたのも、裁判官の発言禁止を無視して発言を続けるなどの不当な行状によるものであるから、原審裁判官の右各退廷命令は法廷の秩序を維持するためやむを得ない措置であったといわなければならない。

なお、原審三八回公判調書の正確性に関する異議申立書によっても、同公判において原審裁判官が公判手続更新の一環として取り調べた各個の証拠について訴訟関係人に対して意見弁解の機会を与えたことは明らかであって、被告人及び一部の弁護人は、それより前に不当な行状のため退廷させられていたものであり、また、右意見弁解の機会を与えられた当時在廷していた弁護人は、手続更新のための証拠の取調が適法に終了しているにもかかわらず、これが終了していない旨主張して右意見弁解をしなかったものであるから、右弁護人らはその意見弁解の権利を自らの行為により喪失または放棄したものといわなければならない。

以上のとおりで、原審の三四回から三八回までの公判における裁判官の交替による公判手続の更新に所論の主張するような法令違反はなく、右手続の更新は有効であるから、その違法無効を前提として原判決の破棄を求める論旨は理由がない。

五  所論は、以上検討の諸点のほかにも、原審の訴訟手続には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があると主張している。すなわち、原裁判所は、昭和五三年五月一三日に指定されていた三二回公判期日を職権で取り消し、その後弁護人が都合が悪いと述べている同年六月二九日にその期日を指定しているのであって、右は明白に刑訴法に違反する。また、刑訴規則一九四条一項但書によると、第一回公判前に準備手続をすることは禁止されているのに、原裁判所は、裁判官交替による公判手続の更新が未だ終了していない昭和五三年九月一四日に準備手続を実施しているのであって、右手続は違法である。さらに、公判調書の記載の正確性に対して弁護人が異議を申立てたのに、原審裁判官はその正確性について調査せず、また、原裁判所は、公判調書の正確性を担保する録音テープの保存等の手段をとることを一切拒否し、弁護人らが書面で行った公判調書の正確性に対する異議申立の受理すら拒否するという態度に終始しているのであって、これらはいずれも被告人の裁判を受ける権利を否定するものといわざるを得ず憲法三七条に違反する。また、原審裁判官は、その三九回公判において、被告人が弁護人と打ち合わせをしようとした際不法にもこれを禁止し、その裁判官の措置に対して被告人が異議を申立てるや、これを退廷させてその異議申立権を圧殺している。さらに、刑訴規則三四条によれば、刑訴法二八五条二項による不出頭許可決定は、公判廷においては宣告、その他の場合には裁判書の謄本送達によって告知することを要するのに、原裁判所は、三六回公判及び四二回公判において被告人の不出頭を許可した際、右決定を被告人にも弁護人にも全く告知していない。なお、原裁判所がその四二回公判において弁護人の冒頭陳述を許さなかったのは、被告人の防禦権を否定する違法な措置であるが、原審の訴訟手続の法令違反は以上にとどまらず、原審裁判官の三二回から四三回までの公判における訴訟指揮はことごとく法令に違反するものであるというのである。

そこで、まず三二回公判期日の取消及びこれに伴う新期日の指定について検討してみるのに、原裁判所が昭和五三年五月一三日に指定されていた三二回公判期日を職権で取り消し、その期日を同年六月二九日に指定したことは所論の指摘するとおりであるが、同年六月二九日の右期日には被告人も弁護人も出頭しなかったため、原裁判所はやむなく右期日を変更しているのであるから、前記期日の取消及びこれに伴う新期日の指定について違法をいう論旨は前提を欠いて失当のものというほかなく、なお、本件は前記のように法律上特に迅速な処理が要請されている事件であるにもかかわらず、所論が従前弁護人と協議のうえ円滑になされていたとする公判の進行状況をみても、昭和五二年一月の二三回公判から昭和五三年三月の三一回公判までの一年三か月の間に公判が九回しか開かれていない等の経過に徴すると、三二回公判以後本件を担当することとなった原審裁判官の期日指定が、従前のような訴訟の進め方を希望する弁護人の意に沿わないものであったとしても、これを目して不当な措置ということもできない。

次に、所論指摘の準備手続について検討してみると、右準備手続は第一回公判手続を終り、事件の審理としては既に証拠調に入った後の段階において行われようとしたものであるから、公判手続の更新前ではあっても、刑訴規則一九四条一項但書の規定に何ら牴触するものではなく、また、その手続の経過を記載した調書によると、右手続の冒頭で主任弁護人が裁判官に対して公判手続の更新前に準備手続を実施する法的根拠について釈明を求め、さらに事実上の準備であるとするなら検察官の出席は理由がないとしてその退席を求めるなどしたため、原裁判所は、準備手続の中止を宣言するのやむなきに至ったことが認められるのであって、右準備手続期日においては、単に期日が開かれたというにとどまり、争点及び証拠の整理等の実質的手続は全く行われていないのであるから、結局いずれの点からしても、右準備手続を実施しようとしたことをもって違法とし、その違法が判決に影響を及ぼすものであるとする所論が理由のないものであることは明らかである。

次に、所論が公判調書の作成に関して主張している諸点について検討してみるのに、公判調書の記載の正確性に対する弁護人の異議申立について、原審裁判官がその正確性の調査をしていないと主張している点は、独自の推測の域を出るものでなく、また、裁判所が法廷で録音したテープを保存するか否かの点は、専ら裁判所の裁量に属することであって、この点に関して原裁判所が被告人及び弁護人の要望を容れなかったとしても違法の措置ということはできず、なお、原裁判所が調書の正確性に対する異議申立を受理しなかったとの点についても、所論主張の事実を窺うに足りる資料は存しない。

次に、所論が原審三九回公判において裁判官が被告人と弁護人との打ち合わせを禁止し、被告人の異議申立権を圧殺するためこれを退廷させたと主張する点について検討するのに、原審の訴訟記録によると、同公判において、原審裁判官が被告人を退廷させた前回公判における措置について被告人が異議を申立てたが、その異議申立は棄却されたこと、右棄却決定に対し、さらに主任弁護人がその手続が違法である旨の異議を申立て、その直後、被告人が許可なく自席を離れようとしたので、原審裁判官が被告人に対し許可なくみだりに自席を離れないよう着席を命じたこと、これに対して被告人がその措置に法律的根拠があるのかと反問し、さらに主任弁護人も、被告人は弁護人と打ち合わせをするために弁護人席に近づくことが許されるとして、原審裁判官の右措置に異議を申立てたが、右異議申立は棄却されたこと、右棄却決定にもかかわらず、被告人が原審裁判官の前記措置を不服としてさらに異議を申し立てたのに対し、原裁判所は右申立が理由を簡潔に述べていない不適法なものとしてこれを却下したこと及び右却下決定に対して被告人は「一分もしゃべっていないのに簡潔でないとはどういうことですか。」と反問し、原審裁判官が発言を禁止したのにその命令に従わず、なお発言を続けたため遂に退廷させられるに至ったことが明らかである。

右によれば、原審裁判官が被告人に対して許可なくみだりに自席を離れないよう命じたのは、法廷の秩序を維持するため必要な措置として裁判所法七一条二項及び刑訴法二八八条二項に基づく適法な法廷警察権の行使としてなされたものであって、右措置が被告人と弁護人との打ち合わせを禁止したものでないことは、右命令の内容自体によって明らかである。したがって、被告人としては、弁護人と打ち合わせをするため自席を離れる必要があったとすれば、裁判官にその必要があることを告げて許可を求めるべきであるのに、被告人は、その許可を求めることなく、弁護人ともども前記措置が被告人と弁護人との打ち合わせを禁止したものと即断してその措置に不服を唱え、この点についての異議申立を退けられたのになおこれに従おうとせず、裁判官の発言禁止命令を無視して発言を続けようとしたものであるから、原審裁判官が被告人に退廷を命じたのは、法廷警察権に基づくやむをえない措置であり、所論のいうように被告人の異議申立権を禁圧する手段としてなされたものでないことは明らかである。

以上検討の諸点のほか、所論が原審の訴訟手続に法令違反があると主張している点について検討してみるのに、被告人が公判期日に出頭しない場合に、裁判所が職権で刑訴法二八五条二項による不出頭許可の裁判をする場合には、法廷でその旨を明らかにすれば足りるのであって、原審三六回及び四二回各公判調書によれば、それぞれ法廷でその手続が行われていることは明らかであるから、右不出頭許可の裁判につき告知を欠くとの主張は理由がないものといわなければならない。また、刑訴規則一九八条一項の規定自体によって明らかなように、弁護人に対していわゆる冒頭陳述を許すか否かは裁判所の自由な裁量に委ねられているのであり、殊に弁護人の証拠申出書にその冒頭陳述書が添付して提出されている本件においては、所論の主張するように原裁判所が弁護人の口頭による冒頭陳述を許さなかったとしても、その措置が法令に違反するということはできない。なお、原審の三二回から四三回までの公判における裁判官の訴訟指揮がことごとく法令に違反するものであるなど原審の訴訟手続を種々論難する前記主張は、訴訟記録を調査検討した結果に徴していずれも採るに足りるものでない。

以上により、本件訴訟手続の法令違反をいう論旨は総て理由がない。

控訴趣意中事実認定について訴訟法違反、審理不尽、採証法則違反、事実誤認等を主張する点について

所論は、原判決は、被告人が自己に投票を得る目的で坪倉正守方ほか一一戸を戸戸に訪問し、投票の依頼をして戸別訪問をするとともに、立候補届出前の選挙運動をした旨の事実を認定して、被告人に有罪を言い渡したが、右の事実認定には以下のような訴訟法違反、審理不尽、採証法則違反、事実誤認等の違法があり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。すなわち、その第一の問題は、原判決の事実認定に供せられている主要な証拠が、被訪問者全員の検察官に対する各供述調書であり、これに星野重乃の公判廷における供述記載が例外的に付加されている以外は、被訪問者一一名の証言はことごとく排斥されている点であって、このように検察官面前調書に全面的に依存した事実認定は、公判中心主義と直接主義を原則とする刑事訴訟の基本構造と刑事実務の一般に照らして、極めて異常なものであるといわなければならない。そして、原裁判所は、右各検察官面前調書を採証するにあたり、これらに対応する各証言の信用性について真剣に検討した形跡がうかがわれないのであって、この点は、証拠価値の高いと思われる木住野明子及び井上久子の各証言を採用せずに、これらよりも明らかに証拠価値の低い星野重乃の証言を右調書に付加して採証していることにもよくあらわれており、また、被訪問者鈴木タミ子の検察官に対する供述調書は、同女の夫である鈴木安雄の供述に基づいて作成したものであるところ、これを同女に読み聞かせて署名させたか否か明確でないのに、その署名押印の確認を求めることもせず、同女の字が読めない旨の証言と、領置にかかる名刺と印刷物を示されて自分が貰ったものと同じである旨の右供述調書の記載との間には矛盾があり、その矛盾は右供述調書の特信性に直接かかわるものであるのに、これを無視して右調書を証拠として採用し、さらに、被訪問者新途京子の場合は、名刺を受け取ったのは夫であって自分ではなく、検察官に対してもその旨供述したとその証言中で本人が断言しているのに、同人の検察官面前調書には同人みずから名刺と新聞を受け取ったと記載されているのであって、その調書は同人の供述を正しく録取していないという意味でその特信性に疑いがあるのにこれを採証し、あるいは、検察側において、あらかじめ各検察官面前調書のいわゆる特信性に関する立証として証人三名の取調を請求していたのに対して、この請求を却下したうえ、調書を提示させてその外形を調べることさえもせずに、直ちに証拠決定をしてその取調に入るなど総じて原裁判所の各検察官面前調書の取扱いについては、各調書のいわゆる特信性の点に全く考慮を払っていないことが明らかであって、この点が刑訴法三二一条一項二号に違反する違法な措置にあたることはいうまでもない。第二の問題は、原裁判所の行った違法な訴訟手続によって、その事実認定に供せられている証拠がすべて違法なものとなるという点であって、前述のように、原裁判所における公判手続の更新手続は、起訴状の朗読を除いてすべて違法のものであるから、右更新手続としての取調が行われ、原判決が証拠の標目に掲げている星野重乃ほか四名の各公判調書中の供述記載はいずれも違法な証拠であり、また、更新手続の前述のような違法は、その後の実体形成に直接影響を与えて更新後の証拠調手続をすべて違法とするに足りるものであるから、更新後に取り調べられて原判決に挙示されている証拠もすべて違法な証拠というべきであり、なお、原判決は坪倉正守ほか一一名の検察官に対する各供述調書を証拠として掲げているが、これらの調書は、前記のように公判期日における各対応の供述の存在を前提として証拠能力を付与されているものであるから、右のように各公判調書中の供述記載が違法のものとなる以上、その証拠能力の前提を失うという意味においても違法のものとならざるをえない。一方、原判決挙示にかかる右各検察官面前調書並びに立川市選挙管理委員会委員長作成の回答書、井上利弘作成の報告書及び堀口勝正作成の電話聴取書は、更新後の四〇回公判において取り調べられたのであるが、右証拠調は前記のように被告人及び弁護人の異議が禁圧された状況のもとで行われたものであるから、その証拠調が違法である点からも違法な証拠というべきであり、同様に、原判決が証拠の標目に掲げる立川民報等二二点の証拠物も、三九回及び四〇回公判において行われたその関連性についての証人の取調が、被告人及び弁護人の異議申立権禁圧下に、反対尋問の機会を与えることもなく強行されたものであることから、これに伴って当然違法な証拠となるわけであって、以上いずれの点からしても違法なものとみなすべき各証拠に基づいて事実認定をした原判決は、もとより違法なものというほかないことになる。第三の問題は、歪曲された証拠の内容による事実認定の誤りの点であって、本件被訪問者桜井はるみの例にみられるごとく、その証言では日常ありふれた訪問と会話にすぎないものが、検察官面前調書では、その目的について選挙の投票依頼に来たとしか思われないという供述記載になり、あるいは、たまたま出会った「自衛隊から立候補する人」についての会話を、その行われた状況を割愛して調書に記載することにより、これが特殊な意味合いをもつにいたるといったように、検察官面前調書の内容は、取調官の予断によって事実が歪曲され、又は論理の飛躍によって事実の変貌を来たすのが常であり、また、検察官面前調書中に記載されている「こんど立候補しますので、よろしくお願いします。」との被告人の発言も、それだけでは必ずしも投票の依頼を意味する言葉とはいえないし、各被訪問者がその調書中で口を揃えて供述しているように、投票依頼の趣旨だと思ったとするのも、極めて奇異なことがらであって、右のような検察官面前調書中の記載がすべて捜査官の予断の産物である点を見逃がしてはならない。また仮りに、立候補なる言葉に投票依頼の意味がこめられているとするならば、ほかに多数の市民の居宅を訪問している被告人が、杉沢タエ方を除いてすべて初対面である本件訪問先にかぎって立候補なる言葉を用いたというのも非常識極まるできごとと思われ、むしろ、政党員又は政治家として居住地で活動していた被告人の立場から、各調書に記載されている他の訪問目的に関する被告人の発言の方に注目すべきであり、かようにして右の諸点から検討するときには、各検察官面前調書中に被告人が述べたとされている「立候補するからよろしく」という趣旨の明示の発言はなかったものと認めるのが相当であり、また、これらの調書の記載を証拠とした場合にも、右発言の有無及びその趣旨について合理的な疑いを容れるのに十分であって、この点において右各調書を証拠として本件公訴事実を認めた原判決は事実を誤認したものというべきであり、さらに、被告人及び弁護人が被告人の政治的活動を具体的に立証し、本件訪問の目的が投票依頼になかったことを明らかにしようとしたのに対し、この点の反証を一切拒否し、安易に投票依頼の目的及び事前運動を肯認した点において、原判決には明らかな審理不尽の違法があるものといわなければならないというのである。

そこで、まず原判決挙示の坪倉正守ほか一一名の各検察官に対する供述調書の特信性について検討するのに、右の者らの原審証言は、右一二名のうち最初に証人として取調を受けた星野重乃の場合においてすら、事件後一年九か月余を経過したのちになされたものであり、被告人の訪問を受けた日時や被告人との会話内容など重要な点について明確でないのに対比し、右各検察官調書は、各供述者が被告人の訪問を受けた日から未だ二週間余りしか経過しておらず、したがって記憶の新鮮な時点に作成されたものであるところ、右各供述者の証言及び右各供述調書の署名部分によると、右各供述者は、いずれもその調書に録取された供述を読み聞かされたうえ、誤りがないとしてこれに署名していることが認められ、また、その供述者である証人のうちの多くの者が、時間の経過により記憶が定かでない点もあるが、検察官に対しては鮮明な記憶に基づいて事実をありのままに供述した旨述べていることをも参酌すると、右各供述調書は刑訴法三二一条一項二号所定の特信性を有するものと認められる。

ところで、所論は、木住野明子及び井上久子の各証言と星野重乃の証言とを対比して、前二者の証言の証拠価値がより高いとし、原判決が被訪問者の各検察官に対する供述調書のほかに星野の証言のみを証拠に掲げて、木住野と井上の各証言を証拠として挙示していない点を捉え、原裁判所は右各検察官調書の採証に当たって、これに対応する各証言の信憑性について真剣に検討した形跡が窺われない旨主張しているけれども、星野重乃は、被告人が同女方を訪問した日時の点を除き、その検察官に対する供述調書の記載とほぼ同旨の証言をしているもので、その証言中、事柄の核心からはずれた些末な事項については記憶の明確でない点があるものの、それらの事項は本来明確に記憶していないとしても不思議でない事柄であるうえに、その証言の時期が事件後一年九か月以上を経過していることを考え合わせると、右記憶の不明確な点はその証言の大筋の信憑性に疑問を生じさせるようなものではなく、同証人の証言は、弁護人らの執拗な反対尋問にも十分堪え得たものとして、被告人の訪問日時の点を除き、高い証拠価値を有するものと認められる。これに対して所論がより高い証拠価値を有する旨主張している木住野明子及び井上久子の各証言についてみると、被告人の訪問日時について明確でない点はともかくとして、木住野明子の場合は、被告人の訪問を受けた際に被告人と交わした会話の内容も部分的にしか記憶しておらず、その際被告人から名刺を貰ったかどうかなどの点についても記憶を喪失しており、また井上久子の場合は、被告人が同女に対し市議会議員選挙に立候補すると言ったか否か及び被告人から受け取った名刺と印刷物をそのころ警察官に任意提出した事実についてすら記憶を喪失している状態であって、同女らの証言は星野重乃の証言と比較して遙かに証拠価値の低いものといわなければならない。したがって、原判決が星野重乃の証言のみを証拠として掲げ、木住野明子及び井上久子の各証言は証拠として挙示しなかったことも十分首肯できるところであって、被訪問者全員の検察官に対する各供述調書を証拠として採用するにつき、原裁判所がこれらに対応する各証言の証拠価値について真剣に検討していないとの前記主張は、星野らの前記各証言の証拠価値に対する偏った評価に基づく推測の域を出ないものというほかない。

また、所論は、鈴木タミ子の検察官に対する供述調書について、その作成過程に問題があるかの如く主張しているところ、同女の夫である鈴木安雄は、妻のタミ子が屋台の仕事の準備に追われて検察官の取調に応ずる暇もない間に、検察官が安雄の供述を録取して右調書を作成した旨証言しているけれども、右調書の末尾に鈴木タミ子の原審証言によって同女が作成したことの明らかな同女方テラス周辺の図面が添付されている点に照らして、鈴木安雄の右証言は到底措信することができず、右調書は検察官の取調に応じた鈴木タミ子の供述を録取したものに相違ないと認められる。また、鈴木タミ子は、右調書を読み聞かされたこともこれに署名したことも記憶していない旨証言しているけれども、署名の点については、検察官から右調書の署名部分を示されてこれが自己の署名であることを認めているのであって、右によれば調書を読み聞かされた記憶がない旨の同女の証言も、同女に右調書を読み聞かせた旨の同調書末尾の記載の信憑性に疑問を生じさせるに足りるものではなく、その記載によって検察官が右調書を同女に読み聞かせた事実もこれを肯認することができる。

ところで、所論は、鈴木タミ子が文字を解する能力がない旨の同女の証言と、領置にかかる名刺と立川民報及び日本共産党立川市政政策と題する刊行物を示されて、これらが被告人から貰った名刺や新聞と同じものである旨の同女の検察官に対する供述調書の記載とは相反し、その矛盾は右供述調書の特信性に直接かかわるものであると主張しているところ、同女が余り字が読めない旨及び被告人から貰った印刷物の中までは広げて見ていない旨証言していることは所論の指摘するとおりであるけれども、字が読めない者であっても突然の来訪者から渡された名刺や印刷物を一瞥もしていないとするのはむしろ不合理であること、また、同女が被告人から交付を受けた立川民報はタブロイド版二頁の印刷物で、被告人の大きな顔写真が掲載されているもの、同じく日本共産党立川市政政策はタブロイド版四頁の印刷物で、中を広げて見るまでもなくその一頁と四頁には特徴的な写真や漫画が印刷されているもの、同じく名刺は縦型横書で、しかもその上半分を白地空白にしたかなり特異な体裁のものであること、さらに、同女が被告人から名刺や印刷物を渡されたときから検察官の取調を受けるまでの間は二週間程度しか隔たっていないばかりでなく、その間に同女が警察官に対して右名刺や印刷物を任意提出しており、その際にもこれを瞥見する機会があったと考えられること等に徴すれば、検察官からこれと同種の名刺や印刷物を示された同女が、その外観上の特徴を記憶していて前記の如く供述したことも十分考えられるから、余り字が読めないとの同女の証言とその検察官に対する供述調書中の前記記載とを取り上げて、直ちに両者の間に右供述調書の特信性に疑いを生じさせるような矛盾があるとはいえない。

また、所論は、新途京子の検察官に対する供述調書は、同女の供述を正確に録取していないと主張してその特信性を争っているが、同女は、検察官に対しては事実を正直に話し、その供述を録取した調書は読み聞かせて貰って誤りがなかったので、これに署名した旨明確に証言しているばかりでなく、被告人から名刺を受け取ったのは同女の夫であり、その旨検察官に対しても供述したと証言している部分についても、川名弁護人の質問に対して同女が答えたところによると、同女が確実に記憶しているのは同女の夫が被告人の名刺を持っていたという事実であって、夫がその名刺を直接被告人から受け取ったのか、それとも、被告人から同女が受け取ったものをその後同女が夫に渡したものであるのかという点の記憶は必ずしも確実なものではないというのであるから、所論がいうように同女の前記証言の故にその検察官に対する供述調書が同女の供述を正しく録取したものではないということはできない。

次に、所論が原判決挙示の各証拠はいずれも違法な訴訟手続によって採用取り調べられたものであると主張している点について検討するのに、所論が公判手続の更新の違法無効をいう点については、その主張のような違法無効のかどがないことは、さきに説示したとおりであり、また、所論が被告人及び弁護人の異議申立権を不法に禁圧したとしている点については、その主張は弁護人の異議申立権を不法に否定した旨の前記主張と同旨のものであって、原裁判所がその三九回公判及び四〇回公判において所論主張の如く訴訟関係人の異議申立権を不法に禁圧した事実のないことは、さきに説示したとおりである。

さらに、所論は、原判決が証拠として挙示している証拠物の関連性を立証しようとする検察側証人四名の取調が、反対尋問の機会を与えることなく強行された旨主張しているところ、原審記録によると、右各証人の主尋問は、原審三九回公判において証人井上利弘、同斉藤武雄、同新井敬、同高野叶男の順序に実施されたが、右井上証人の主尋問が終了するまでの間に同期日に出頭していた被告人及び弁護人はいずれも不当な行状のため退廷させられていたため、原裁判所は、右各証人に対する反対尋問の機会を与えるためわざわざその尋問を次回に続行したこと及び四〇回公判において、原裁判所は、右各証人を順次証人として着席させ、それぞれ弁護人らに反対尋問を促したが、弁護人らは、三五回公判において被告人退廷後に実施した証拠調及びその後の公判における証拠調がすべて違法であると異議を申立て、その異議申立を棄却されたのに、なおその異議申立を続けようとし、あるいはその間原審裁判官のとった訴訟指揮または法廷警察権に基づく措置に対し次々と異議を申立てるなどし、それらの異議も棄却されさらに反対尋問を促されたのになお反対尋問を実施しようとしなかったため、原裁判所は、弁護人らに反対尋問の意思はないものとして右各証人尋問の手続を打ち切ったことが認められるのであって、右の経過からすれば、原裁判所が右各証人につき弁護人らに反対尋問の機会を与えたことは明白というべきであり、原裁判所が右各段階を経た後に証人尋問の手続を打ち切ったことをもって、反対尋問の機会を与えなかったとする所論は失当のものというほかない。

以上のとおりで、原判決挙示の各証拠は所論のいうように違法な訴訟手続によって採用取り調べられたものということはできない。

次に、所論は、原判決には歪曲された証拠の内容による事実認定の誤りがあると主張し、歪曲された証拠の例として桜井はるみの検察官に対する供述調書を引用しているが、同女は、その証言において、検察官に対しては記憶している事実を正直に供述したもので、ただその調書中第一〇項に「このような事をされると迷惑をするので違反行為はしないように言ってもらいたいと思います。」とある部分は、その供述の真意を正しく表わしていないが、それ以外はその供述の要旨が正確に録取されていると述べているのであり、また、右調書中の被告人と同女との会話内容及び被告人が市議会議員選挙に立候補するので投票日には自分に投票してくれと依頼に来たと感得した旨録取してある部分にも不自然、不合理な箇所はないから、桜井はるみの検察官調書の内容が歪曲されているといえないことはもとより、その他の本件被訪問者の各検察官調書についてみても、所論がいうように取調官の予断によってその内容が曲げられたり、あるいは論理の飛躍によって事実の変貌を来たしたと疑うべき節は存しない。

また、所論は、本件各被訪問者の検察官に対する供述調書中、被告人が「こんど立候補しますので、よろしくお願いします。」と発言したとの記載部分及び右発言をもって投票依頼の趣旨だと思ったとの記載部分はいずれも信用し難い旨主張しているが、右各供述調書が全般に信用性を欠くものでないことは上来説示したとおりであり、特に右主張の部分に限ってその信用性を疑うべき資料も存しないから、この点の主張はとるに足りない。

そして、弁護人の事実関係についての反証をすべて却下した原裁判所の措置もさきに説示したとおり決して違法なものでなく、原判決挙示の証拠によれば、原判示の事実は優に肯認できるのであって、原判決の事実認定には所論の主張するような訴訟法違反、審理不尽、採証法則違反、事実誤認等の違法はなく、論旨は理由がない。

控訴趣意中公訴権の乱用を主張する点について

所論は、原裁判所は、本件起訴が日本共産党の政治活動を妨害し、これに打撃を与える目的をもって、公訴権を乱用して行われたものであるとの弁護人の主張に対し、判断を与えることなく審理を進めたうえ、その判決において、本件の公訴提起を違法又は不当とする事情は認められないとして右主張を排斥したが、以下の諸点に徴するならば、原裁判所の右手続が訴訟手続の法令違反にあたり、右判断に事実の誤認があることは疑うべくもなく、これらの誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかといわなければならない。すなわち、公訴権乱用の要件のうち、検察官の故意又は重大な過失という主観的要素は、公訴提起の背景をなす客観的外部的事実から推定されるべきものである(東京高等裁判所昭和五二年六月一四日判決参照)が、現職の市議会議員である被告人に対し、すでに全資料が検察官の手中にあって、罪証隠滅のおそれは全く存在しないにもかかわらず、一回も任意出頭を命ずることなく、いきなり逮捕状による逮捕の措置をとったこと、そして、通常ならば秘密が守られて然るべき被告人逮捕の事実が、共産党のイメージダウンを企図する捜査官の情報提供によって、いち早く各新聞紙上に大大的に報道されたこと、その一方で、本件と同種事犯により起訴された公明党議員の場合は、逮捕もされず、これについての情報提供も報道も行われなかったこと、被告人方ほか一か所の捜索及び被告人の逮捕が合計七〇名以上の警官を動員し、装甲車及びパトロールカー各二台を準備して物物しい雰囲気のもとに行われ、四囲に威圧感と恐怖心を与える意味で効果的なものであったこと、弁護人は、右のような逮捕の不当と違法を立証するために、証拠物及び証人三名の取調を請求し、これらは原裁判所によって却下されたのであるが、もしこれらが取り調べられていたならば右の点が明らかになるほど十分裏づけのあるものであること、警察は、本件の捜査に名を借りて通常の犯罪捜査としては考えられないような被告人の居宅周辺の広範囲な聞きこみを行い、被告人を支持する市民の切り崩しを図ったこと、この点についても、弁護人は、証人四名及び被告人質問を準備し、原裁判所の容れるところとならなかったが、右はこれらの人証によって十分立証されるほど明白な事実であったこと、捜査官は、各参考人の取調及びその調書の作成にあたり、共産党弾圧の政治目的のため予断をもって強烈な押しつけを行い、鈴木タミ子につき、その夫の供述を録取した調書にタミ子の署名をさせ、あるいは、江木サワ子の場合、被告人が面接したのも取調官に供述したのもその夫であるのに、サワ子の供述調書を作成するなど虚偽の調書を不正に作成し、証拠物についても、すでに処分ずみで任意提出していない名刺や印刷物等を任意提出したもののように取り扱っていること、また、捜査官は、鈴木タミ子及び遠田英子の取調にあたり、警察参考人等に対する費用弁償に関する東京都条例三条一項に違反する過当な金員を日当として支給していること、本件と対照的に保守系候補に対しては、事実が明白で内容が悪質な行為に対しても、極めて寛大な取扱いをしていること等の諸点を考えるならば、本件公訴が、立川市における共産党の活動を妨害し、当時の参議院選挙において同党に打撃を与えようとする不当な政治目的のために、可罰的違法性を欠くか又はこれと同視しうる被告人の行為を取り上げ、多くの公平を欠く違法な手続によって行われたものであることは疑問の余地がないというのである。

そこで、所論が公訴権乱用をいう具体的根拠として主張しているところを逐一検討するのに、被告人の当審法廷における供述によると、被告人は、警察官に任意同行を求められたがこれを拒絶したため逮捕されたものであることが明らかであり、被告人の逮捕がいち早く大々的に新聞紙上に報道された事実があったとしても、所論のように捜査官が共産党のイメージダウンを企図して計画的意図的に報道機関に対して情報提供をしたものと即断することはできず、本件のような事案で家宅捜索を実施するに当たって、できるだけ短時間内にしかも効果的に家宅捜索を実施し、かつその間周辺から妨害が加えられることを防ぐ目的で、相当数の警察官等を動員することは十分考えられる事態であるから、右事実をもって所論がいうように捜査当局に不正な意図があったということはできない。

また、本件のような事案の場合、相当範囲の地域にわたって聞き込み捜査を行う必要のあることは否定できないところであって、捜査官がそのような捜査方法をとったからといって所論の如く被告人に対する市民の支持の切り崩しを目的としたものであるとするのは根拠のない推測というほかなく、本件において証拠として採用取り調べられている捜査官作成の供述調書の範囲では、捜査官が供述者に対して共産党弾圧の政治目的のため予断をもって強烈な押しつけを行った事実はないし、その供述に基づかないで調書を作成した事実も認められない。

なお、本件被訪問者の新途京子は、被告人から貰った名刺や印刷物は捨ててしまい、警察には提出していない旨証言している一方で、同女名義の右名刺などの任意提出書及びその領置調書並びにその領置にかかる証拠物の存在することは所論の指摘するとおりであるが、右任意提出書の作成日付は昭和四九年六月八日となっていて、その時点から右証言までの間に三年以上の歳月が経過していること、右名刺や印刷物は同女にとって主観的に価値のないものであること及び右任意提出書に同女が署名捺印していることなどの諸点を総合すると、同女は右名刺などを任意提出したことを失念して前記のように証言したと考えられるのであって、前記証言の故に、警察官が他から入手した名刺や印刷物を同女から任意提出を受けたかの如く不正に工作したとまで疑うのは合理的でない。

また、鈴木タミ子及び遠田英子の証言によると、捜査官が同女らを取り調べた際、同女らに日当を支給し、その後これを返還させた事実が認められるが、同女らの証言によっても、同女らに日当を支給したのは所論指摘の都条例の解釈または運用に関する過誤によるものであることが窺えるのであって、所論がいうように捜査官が不正な目的で敢えて法規を無視し同女らに日当を支給したものとは認められない。

なお、所論が他党の候補者や運動員に対する捜査と比較して本件の捜査が不公平偏頗であると主張している点は、要するに、被告人の選挙事務所の者や共産党関係者などが他党派の者に選挙違反があるとして捜査当局に取締等を要請したのに、これに対する当局の対応が十分でなかったというものに過ぎず、その対応が右要請をした者等を満足させるに足りるものでなかったからといって、本件における捜査が党派的な不公平なものであったといえないことはいうまでもない。

以上を要するに、所論が公訴権乱用をいう具体的根拠として主張しているところは、客観的裏付を欠く独自の推論の範囲を出ないものであって、いずれも採るに足りない。

そして、本件の捜査が、昭和四九年六月三日被訪問者の家族の警察に対する電話通報により開始されたものであること、前記のように本件捜査に所論がいうような違法なかどは存しないこと、本件違反の事実は証拠上明白であること、本件は立候補届出前に連続二日にわたって一〇戸以上の家庭を訪問して投票依頼をした事犯で、所論がいうように可罰的違法性がないかあるいはこれと同視し得る事案とは到底いえないこと及び本件選挙につき被告人と同様一三戸の戸別訪問をした他党の当選者に対しても、公職選挙法違反として東京地方裁判所八王子支部に対して公判請求がなされていることなど関係証拠によって認められる諸事実に徴すると、本件公訴の提起が不当な政治的意図のもとに違法な捜査手続に基づいてなされたものではなく、また不公平偏頗なものでもないことは明らかである。

したがって、公訴権乱用の主張を排斥した原裁判所の判断に事実の誤認はなく、また右の点に関する弁護人の証拠調請求を却下した原裁判所の手続が法令に違反するものでないことはさきに説示したとおりであるから、論旨は理由がない。

控訴趣意中法令適用の誤りを主張する点について

一  所論は、公職選挙法一三八条一項及び一二九条は、以下に述べるとおりいずれも憲法に違反し無効な規定であるのに、これを合憲として右各法条を適用した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の解釈適用の誤りがある。すなわち、公職選挙法一三八条一項についていえば、国民主権主義をとる近代国家においては、選挙権は、選挙を通じて国民の主権を行使するという意味で、主権的権利であり、このことは、主権が国民に存することを明示している憲法前文、公務員の選定罷免権について規定している憲法一五条及び地方公共団体の議員の直接選挙権について規定している憲法九三条二項などにより明らかである。そして、国民主権のもとでは、国民の主権的意思を抜きにして政治は考えられず、その発現手段である選挙権は各種の基本的人権のなかでも最も重要な基本権であり、主権的意思の発現である選挙権の行使が完全に自由な状態のもとに行われなければならないことはいうまでもない。ところで、戸別訪問は、候補者及びこれを支持する国民が、有権者の生活の場に直接出向いて、その場で候補者の政策、識見等を説明し、投票を勧誘することであるから、候補者側にとっては選挙運動の方法として最も自然な方法であり、有権者にとっても直接の対話により自己の政治的要求を述べ、候補者の政策について疑問点をただすことのできる最も効果的な方法であるから、これを禁止するのは憲法前文、一五条、九三条二項によって国民に保障されている主権的権利に対する制限であるといわなければならない。また、前述のように選挙は自らの主権を代表者に託すという意味を持つとともに、国民の政治に対する審判でもあるから、この権利を全うするためには、十分かつ正確な情報の入手が必要とされ、その前提として表現の自由が保障されていることを要するのは勿論である。この点で戸別訪問の方法は、候補者と選挙人が政策について討論または批判し合うことを可能にし、選挙人が自己の政治についての不満、要望等を候補者に伝えることを容易にするものであるから、これを禁止することが憲法二一条の保障する表現の自由に対する重大な制限に当たることもまた疑うべくもない。右に対して、戸別訪問には種々の弊害を伴うとする見解があり、この見解をとる者は、国民一般が政治的良識や水準において劣っているとの判断のもとに、国民の自由享受の資格を否定し、国民を権力的な監督と後見の下におこうとするものであって、本質的な誤りを犯しているといわなければならない。そして何よりも戸別訪問を禁止することの真の狙いは、戸別訪問がいかなる候補者の場合にも容易に実行のできる最も民主的な選挙運動であるため、国民の政治参加をおそれる支配勢力が、国民の政治活動及び選挙運動からその有利な武器を取り上げることにあるものと思われる。以上を要するに、公職選挙法一三八条一項は、憲法が国民に保障する基本的人権のうちでも最高度に尊重すべき主権的権利と表現の自由を何らの合理的理由なく全面的に禁止するものであるから、法令そのものが憲法前文、一五条及び二一条に違反する。次に、公職選挙法一二九条についていえば、同条は選挙運動の期間を立侯補の届出の日から選挙の期日の前日までに制限しているのであるが、選挙運動と政治活動とは判然と区別できるものではないから、右規定は何らかの限定を施して解釈しない限り、憲法二一条が保障する政治活動の自由を不当に侵害するものといわなければならず、違憲無効であるというのである。

そこで、公職選挙法一三八条一項が、投票を得、もしくは得させ、または得させないための表現行為を含む選挙運動の自由を不当に制限するものであるか否かについて考察するのに、選挙運動が本来自由であるべきことはいうまでもないが、その自由は絶対無制限なものではなく、公職選挙法一条の規定するように「選挙が選挙人の自由に表明せる意思によって公明且つ適正に行われる」ことを確保するために必要な内在的制約を含んでいると同時に、憲法一二条及び一三条の規定に照らして明らかなように、公共の福祉の立場からする必要かつ合理的な制限があり、したがって、立法により、選挙運動の自由に対して、選挙人の選挙権行使の自由と選挙の公明、適正を確保するため及び公共の福祉のために必要かつ合理的な制限を加えることができるのはいうまでもないところである。

ところで、公職選挙法一三八条一項は、選挙運動の方法としての戸別訪問を禁止しているのであるが、公職選挙法は、個々面接または電話による依頼、一定の制限のもとにおける葉書の頒布及び文書図画の掲示等の手段方法によって選挙運動を行うことを認めているのであるから、戸別訪問の禁止が選挙運動について考えられる多くの方法のうちの一つを制限したものに過ぎないことは、同法の全規定に照らして明らかである。そして、選挙運動としての戸別訪問は、買収、利害誘導など選挙の自由公正を害する得票活動の温床となり易く、他方では選挙人の居宅や勤務先における私生活の平穏及び業務の遂行を妨害するおそれがあること等の弊害を伴う点を考慮すると、公職選挙法一三八条一項が選挙運動の方法としての戸別訪問を禁止していることをもって、選挙運動の自由に対する必要かつ合理的な制限に当らないということはできない。

なお、選挙運動の方法としての戸別訪問に利点のあることは否定できないが、前記のような弊害を伴うこともまた認めざるを得ないところであって、特定の選挙運動の方法に対する制限の必要とこれによって失われる利点とを比較衡量し、そのいずれを重いとするかは立法に当たって考慮されるべき事項に属するから、戸別訪問の禁止に関してその是非を論ずるとしても、立法政策に関する提言以上の意味は持ち得ないものといわなければならない。

以上のとおりで、公職選挙法一三八条一項は、表現の自由を含む選挙運動の自由を不当に侵害するものとはいえず、憲法前文、一五条及び二一条に違反するものではない。

次に、公職選挙法一二九条が憲法二一条に違反するとの所論について検討するのに、公職選挙法にいう選挙運動とは、特定の公職の選挙につき、特定の立候補者または立候補予定者のため、投票を得または得させる目的をもって、直接または間接に必要かつ有利な周旋、勧誘、誘導その他諸般の行為をすることをいい、同法にいう政治活動とは、政治上の主義若しくは施策を推進し、支持し、若しくはこれに反対し又は公職の候補者を推薦し、支持し、若しくはこれに反対することを目的として行う直接間接の一切の行為のうち、選挙運動にわたる行為を除いた行為をさすものとされているのであって、公職選挙法上選挙運動と政治活動の区別は明確であり、所論がいうように事前運動を禁止することによって一切の政治活動が禁止されることにはならないから、公職選挙法一二九条が憲法二一条に違反するとの所論は、その前提を誤っており、到底採用できない。

二  所論は、被告人の本件訪問行為に公職選挙法一三八条一項、一二九条を適用するのは、以下述べるように憲法に違反するものであるから、被告人の本件訪問行為に右各法条を適用した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の解釈適用の誤りがある。すなわち、本件における被告人の訪問行為は、選挙公示前の正当な政治活動の一部に過ぎず、日本共産党立川地区委員会市民部長の任務として、市民の要求の直接的聴き取り、その解決策の相談及び解決結果の報告並びに日本共産党の党員として、党の政策の宣伝及び浸透をはかり、党への理解を求めることを目的としたもので、買収、供応等の不正行為とは無縁のものであり、また、その訪問の態様は礼節をわきまえ、これによって被訪問者の生活の平穏を害するようなものではなかったのであるから、かかる行為が戸別訪問及び事前運動の罪に当たるとして、刑罰法規を無制限一律に適用するのは、表現の自由に対する重大な制限であり、国民主権の否定に通ずるものというべきである。したがって、原判決が被告人の本件訪問行為に公職選挙法一三八条一項、一二九条を適用したのは、憲法前文、一五条一項、三項、二一条に違反するというのである。

そこで検討するのに、原判決挙示の証拠によると、被告人の本件戸別訪問は、所論がいうように選挙運動にわたらない政治活動としてなされたものではなく、専ら選挙運動の方法としてなされたことが明らかであるところ、公職選挙法一三八条一項は、選挙に関し、同条所定の目的をもって戸別訪問をすることを全面的に禁止しているものであり、戸別訪問のうち、買収、供応等の不正行為を伴うとか、あるいは礼節をわきまえないとか、もしくは選挙人の私生活の平穏を害するとかいうような態様のもののみを禁止している趣旨ではないと解すべきであって、さきに説示したように憲法前文、一五条、二一条に適合する公職選挙法の右条項を本件戸別訪問に適用した原判決は、憲法の右各条項に違反するものではなく、また、公職選挙法一二九条も、同条所定の期間外に選挙運動をすることを一切禁止していると解すべきであって、さきに説示したとおり憲法二一条に違反しない右公職選挙法の規定を本件事前運動に適用した原判決に所論のような違憲のかどは認められないから、論旨はすべて理由がない。

三  所論は、原判決は、被告人の原判示所為のうち事前運動の点につき公職選挙法二三九条一号、一二九条、戸別訪問の点につき二三九条三号、一三八条一項をそれぞれ適用しているが、公職選挙法二三九条は昭和五〇年法律第六三号によって改正され、その刑は従来一年以下の禁錮または一万五、〇〇〇円以下の罰金とされていたのが、一年以下の禁錮または一〇万円以下の罰金と変更され、かつ右法律の附則四条によって右法律の施行前にした行為に対する罰則の適用についてはなお従前の例によるとされているのであって、右法律施行前の原判示の所為に罰条として右改正後の公職選挙法二三九条を適用したものと解さざるを得ない原判決は、法令の適用を誤ったものといわなければならず、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるというのである。

そこで検討するのに、公職選挙法二三九条が昭和五〇年法律第六三号によって改正され、刑の変更があったこと、同法律の附則四条が右法律の施行前にした行為に対する罰則の適用についてはなお従前の例によると規定していること、したがって、被告人の原判示所為に対しては右改正前の公職選挙法二三九条を適用すべきことはいずれも所論の指摘するとおりであるところ、原判決が右同法の改正及び附則の規定に言及していない点からして、原判決はその判決当時における右改正後の法条を適用したものと看做さざるを得ないから、原判決は法令の適用を誤ったものというほかなく、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由があり、原判決はこの点において破棄を免れない。

そこで、刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い、被告事件について更に次のとおり判決をする。

原判決が認定した事実に法令を適用すると、事前運動の点は包括して昭和五〇年法律第六三号公職選挙法の一部を改正する法律附則四条により同法律による改正前の公職選挙法二三九条一号、一二九条に、戸別訪問の点は包括して右同公職選挙法二三九条三号、一三八条一項にそれぞれ該当するところ、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情の重い戸別訪問の罪の刑で処断することとし、所定刑中罰金刑を選択し、所定金額の範囲内で被告人を罰金一万五、〇〇〇円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、原審における訴訟費用については、刑訴法一八一条一項本文を適用して全部これを被告人に負担させることとし、公職選挙法二五二条四項により同条一項所定の五年間選挙権及び被選挙権を有しない旨の規定の期間のうちこれを適用すべき期間を三年に短縮することとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 四ツ谷巖 裁判官 西川潔 阿蘇成人)

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